夢がある限り、
人生は途上にある。
歩いてきた道に、あとから光が差すことがある。
支えられた記憶を、誰かの未来へ手渡すために。
合同会社いもがわ代表・飯塚幸也が語る、希望という原点。
本ページは、提供された起業への想いと人物紹介をもとに構成した創作インタビューです。実際の取材記録や本人の発言をそのまま掲載したものではありません。
── どうして、起業しようと思ったのですか。

俺自身、ここまでの人生、本当に多くの人に助けられてきたなって思うんです。ひとりで歩いてきたつもりの道にも、振り返れば、誰かの言葉や、差し伸べてくれた手があった。そういうものって、そのときは案外、見えていないんですよね。
嬉しいことばかりではありませんでした。思うように進めないこともあったし、もう諦めようかと思ったこともあった。でも今になって思うのは、そのすべてが、俺に何かを問いかける時間だったんじゃないかということです。
試練というのは、越えている最中には、ただ苦しいものかもしれない。けれど、あとからその道を照らしてくれるものがある。俺にとって、それが夢でした。
夢は、人に希望を与えてくれる。だから俺自身も、人生の中で夢を叶え続けたい。関わる人にも、その人にしか見えない未来を、諦めないでいてほしい。受け取ってきたものを、今度は誰かへ手渡したい。会社をつくった原点は、そこにあります。
── 「夢を売る」とは、何を届けることなのでしょう。
夢そのものを、誰かの代わりに決めることはできないと思っています。何を大切にしたいのか、どんな朝を迎えたいのか。その答えは、やっぱりその人の中にしかない。
ただ、人はときどき、自分の願いを小さくしてしまうんですよね。現実を知っているからこそ、口にする前に引っ込めてしまう。俺は、その言葉になる直前の想いにも、価値があると思うんです。
見えないから、ないんじゃない。
まだ、形になる前なんです。
信頼も、覚悟も、希望も、手に取って確かめることはできない。それでも、人が一歩踏み出すときには、そういうものが背中を押している。「夢を売る」という言葉で俺が見つめているのは、その一歩の手前にあるものです。
── いもがわという土地は、今のご自身にどうつながっていますか。
俺のルーツは、新潟のいもがわです。のんびりした土地で過ごした時間が、今の自分にも残っているのかもしれません。何かを感じるには、少し静かになる必要がある。そんな感覚があります。
東京では、高円寺や阿佐ヶ谷の神社をひとりで歩くことがあります。答えをもらいに行くというより、自分が何を考えていたのかを、もう一度聞きに行くような時間です。
街の速度から少し離れると、急がなくていいことと、先延ばしにしてはいけないことが、違って見えてくる。立ち止まることは、進むことの反対ではない。俺はそう思っています。
── 最後に、この会社でどんな未来をつくりたいですか。
関わった人が、自分の人生を少し好きになれる。大きな言葉かもしれないけれど、俺はそういう未来に関わりたいです。
夢を叶えるというのは、何かを手に入れた瞬間だけの話じゃない。昨日は言えなかったことを、今日は言ってみる。もう一度、人を信じてみる。そういう小さな変化にも、夢の続きはあると思うんです。
会社という形をつくったからといって、想いが完成したわけではありません。むしろ、ここから問われていく。何を信じて、誰と歩いて、何を残すのか。
俺自身、まだ、その途中にいます。だからこそ、誰かの途中にも、誠実でありたいんです。